職場で開催されていた「英語が母国語の人たちを対象とした英作文のコース」で学んだことを引き続きまとめます。
前回は英語論文を書く上で、どのような戦略で原稿を書き進めればよいかについて整理しました。
具体的には次の3ステップの順に執筆することで、効率のよいライティングが可能とのことでした。
- 論文全体の構造・ロジックの流れを決める
- パラグラフを書く
- センテンスレベルで文章を洗練させる
ステップ1で決めた骨組みにしたがって、ステップ2ではパラグラフライティングのお作法にしたがってとにかく無心で手を動かして文章化していきます。
ここまででドラフト作成はほぼ完了です。
あとは英文を一つ一つ洗練させていくことで、より簡潔で分かりやすい文章を目指していきます。
今回はこの最後のステップ3を掘り下げていきます。
基本的にはコースで紹介されたこちらのテキストに書かれている内容です。
- 文章としては完結している
- 文法的な間違いもない
- けど読みにくい・何が言いたいのかわからない
そんな英文を改善するためのポイントを整理します。
全く同じような意味の英文でも書き方によって、読みやすさがまったく変わってくることがありますよね。
例えば、
- The patient's symptoms did not change after the treatment.
は「ある治療をしたけど患者の症状が変わらなかった」という意味の英文です。
次の英文はどうでしょうか。
- Initiation of the treatment did not result in the improvement of the symptoms of the patient.
この文章も先ほどと同じような意味のはずですが、なんだか小難しくて読みづらい印象をうけます。
同じ意味なのに英文が分かりづらいと感じる主な理由は
- 単語を効果的な順番で配置できていない
- 無駄に長ったらしい
の二つです。
アカデミックな英作文ではこのような読みづらい英文がしばしば登場します。
ポイントは、これら読みにくさの原因が「文法的に正しい英文かどうか」とは別の問題というところです。
実際、英語が母国語の人が書いた英文が読みにくいなんてことはよくあります。
どのような点を意識すれば英文を読みやすくできるのでしょうか。
英文を簡潔で分かりやすくするの4つのポイント
私が受講した英作文のコースでは以下の4つのポイントを念頭に置きながら推敲をしていくことで、英文をより簡潔で分かりやすくできるとしていました。
- 文章の焦点を主語に
- 既知→未知/古→新へ
- 不必要な「名詞化」を避ける
- 「受動態」は必要に応じて最小限に
あらかじめ強調しておきたいのは、これら4つが絶対守らないといけない独立したルールではないということです。
実際の英作文で無理に適用するとかえって読みにくくなることもありますし、一つの文章にすべて当てはめようとするとコンフリクトすることもあります。
また、各ポイントは内容的にオーバーラップする部分もあります。
「どうやって直したら読みやすくなるのかわからない」というときにこれら4つの視点から推敲をすると文章がよくなることが多い、くらいに捉えておくと良いと思います。
個人的にはそれだけでも英文推敲が格段にやりやすくなりました。
それでは一つずつ見ていきましょう。
ポイント1:文章の焦点を主語に&動詞を近づける
英文は基本的に主語+動詞の組み合わせでできますよね。
同じ意味を表す文章でも主語と動詞の選び方はたくさんあります。
例えば
- The patient showed no change in symptoms after the treatment.
- The patient's symptoms did not change after the treatment.
- The treatment did not change the patient's symptoms.
各文章で文法的な主語(とそれに応じて動詞)が異なりますが、全て同じような意味の文章です。
しかし、読んでいてうける印象が微妙に違いますよね。
主語の選択による印象の違いが重なると、文章の読みやすさにもつながってきます。
文章自体が長く複雑になったり、他の文との組み合わさることで文脈が発生するとその影響は顕著になります。
ではどのように主語を選べばよいのでしょうか?
英語では文法的な主語は基本的に文頭にやってきます。
そして、英文の文頭はトピックポジションと呼ばれ、読者が「その文章の焦点、なにについての話なのか」に関する情報を期待する場所です。
いきなりダラダラと細かい説明を続けても読者は「なんの話・・・??」となってついていけなくなってしまいます。
まず最初に「その文章の焦点」を主語にして明示することで文章の見通しがよくなります。
文章の焦点は、多くの場合その前までの文脈で決まります。
「ある特定の患者」についての話が続いていたのであればThe patient showed...とするのがよいかもしれないですし、「ある病気」に関する話の続きとしてその症状がメインの話題になるならthe patient's symptoms did not change...、治療法の話題ならthe treatment did not change...とするのが自然な流れになります。
新しい情報が登場するときは、そのコンテクストを伝えるような言葉が主語になります。
例えば次の二つの文を考えてください。
- The disease X, which is defined as ---- and causes other diseases such as A, B, and C, is one of the most important targets of a public health intervetnion.
- One of the most important targets of a public health intervention is the disease X, which~~~
isというbe動詞を挟んで、主語と目的語の順番が変わっただけです。
1つ目だと、(これまでの文脈で病気Xについての話がでてこなかったとして)いきなり病気Xの話がでてくるので「これは一体何の話だろう」というのが文末に辿り着くまで続きます。
読者の脳に余計な負担を与えて読みにくさを感じさせてしまうわけです。
2つ目の文では「これから公衆衛生上、重要な病気についてお話します」とコンテクストを宣言したうえで「それは病気Xというもので、こんな特徴があって〜」と付くことで読みやすさが向上します。
もう一つ、主語と動詞に関して重要な点があります。
それはセンテンス内で主語と動詞の距離をできるだけ近づけると読みやすさが向上するということです。
- It is necessary to conduct a comprehensive review of the latest evidence from randomized trials that assess the impact of A on B in Japan—a country in which the number of new cases of B has rapidly been increasing.
- A comprehensive review of the latest evidence from randomized trials that assess the impact of A on B in Japan—a country in which the number of new cases of B has rapidly been increasing—is needed.
どちらも同じような意味ですが、1番目の方が主語が短く、主語と動詞の距離が近いことがわかります。
2番目のように主語が長いと結局「何がどうした話なのか」という全体像が見えてくるまでに時間がかかってしまうので、読みにくくなります。
ポイント2:文内の情報は既知→未知/古→新/シンプル→複雑
英文の頭はトピックポジションで「何の話なのか」、話題の焦点を書くという話をしました。
逆に英文の終わりはストレスポジションと呼ばれ、新たに導入したり強調したい情報をおくと読みやすい文章になるとされています。
トピックポジションで文章の焦点やコンテクストを紹介したうえで、徐々に詳しい説明をいれていって、最後にストレスポジションで新しい情報を追加するという構成です。
- Propensity score matching is a common approach for causal inference using observational data.
- A common approach for causal inference using observational data is propensity score matching.
一つ目の文だと、いきなりPropensity score matchingという新情報が登場して、「それってなに・・・?」と読者は思うわけです。
そして文の最後まで読み進めないと答えがわからないので頭の中でクエスチョンマークが残った状態で文章を読むという負担を読者に強いることになります。
一方二つ目の文はどうでしょうか。
ここでは傾向スコアマッチングという用語を新しく導入しているので、まず「これからよく使われる手法についてお話しします」というコンテクストをトピックポジションにいれたうえで、「それは傾向スコアマッチングという名前です」と新情報をストレスポジションにおくことで読み手に負担の少ない文章が完成します。
そしてこの次の文では、
”Propensity score matching uses estimated propensity scores to make pairs of---"みたいな感じで前文のストレスポジションで導入された概念が主役となり、トピックポジションにやってきて詳しく説明されていきます。
このようにトピックポジション(コンテクスト)→ストレスポジション(新情報)→次の文のトピックポジション(その新情報)→その説明とつなげることで文章のフローが格段によくなることが多いです。
より一般化すると
- コンテクスト→新情報
- 既知の内容→未知の情報
- 古い情報→新情報
- シンプルな話→詳細・複雑な話
の順番を意識してセンテンス内で情報を配置していくということです。
いずれも共通しているのは、脳に負担がかかった状態で読者が文章を読まなくてよいように情報を出す順番に配慮しましょうということですね。
ポイント3:不必要な「名詞化」を避ける
英語には動詞を名詞として表現することが可能な場合が多いです。
なお、ここでいう名詞化とはrevise→revisingといった動名詞をつかった名詞化のことではありません。
例えばこんなもの
- We revised the paper...→ Our revision of the paper...
- We conclude that... → The conclusion of our study is that...
revise, concludeという動詞がrevision, conclusionという名詞になっていますよね。
このような名詞表現を使った言い回しをすると、なんだか文章がフォーマルになった感じがするかもしれません。
実際、アカデミックな文章や公的な文書では非常によく見る表現方法です。
しかし、動詞の名詞化には次のような問題点があります。
- 必要な語数が増える
- 文章が弱く・曖昧になる
- 動作の主体が不明確になる
まず、名詞化に伴って必要な単語数が多くなり文章が冗長になります。
動詞を名詞に変形すると、冠詞(a, theなど)と他の単語と繋がるための前置詞(ofなど)が追加で必要になるからです。
例えば先ほどの例だとwe conclude that (3語)→ the conclusion of our study is that (7語)と二倍以上の語数になっています。
次に、不必要な名詞化は文章を曖昧にします。
- Our new development of a method for the measurement of A has made the quantification of B possible.
- We became able to quantify B by developing the new method to measure A.
- Developing the new method to measure A enabled us to quantify B.
一文目の下線付きの単語は、すべて動詞が名詞化されたものです。
それらを動詞に戻して文章を書き換えたものが2番目・3番目です。
好みもあると思いますが、私にはこれらの文章の方が意味が伝わりやすく、力強いように思えます。
2番目と3番目の使い分けは、話の主体がquantify Bなのかdeveloping Aなのかを判断して、主体がトピックポジションにくるほうが選択すれば良いと思います。
最後に、動詞の名詞化は動作の主体を不明確にします。
- There was a decision for expanding the program.
という文章だと、「誰が」その決定をしたのかがわからないですよね。
- The director decided to expand the program.
とすることで動作の主体がはっきりします。
ポイント4:「受動態」は必要に応じて
受動態ほど忌み嫌われているものも少ないのではないでしょうか。
Grammarlyのような英文校正サービスも親の仇かの如く受動態を使わないようにしてきます。
基本的には受動態は使わない方がいいとされています。
能動態の文章の方が、簡潔で力強く、意味が明確であることが多いからです。
しかし受動態を使うことが正当化される場合もあります。
それは
- 焦点が動作の主体ではなくその対象にあるとき
- (コンテクストや表現上)動作の主体がカットできるとき
です。
例えばポイント1−2で話をしたように、前文のストレスポジションを受けてその文章のトピックポジションに来るべき単語が動作の対象であるときが該当します。
- We used electronic health records to obtain health and weight measures.
- Electronic health records were used to extract health and weight measures.
- Height and weight measures were extracted from electronic health records.
それぞれトピックポジションにきている単語が違います。
どれを選ぶかは、やはり文章の焦点がどこにあるかで判断した方がよさそうです。
動作の主体が自明な場合はそれをカットして受動態にすることもあります。
このパターンが多いのは論文のMethodsセクションだと思います。
- We used logistic regression to examine the association between A and B.
- Logistic regression was used to examine the association between A and B.
解析をしたのは著者である"We"であることは自明なので、カットすることでlogitic regressionという手法に文章のフォーカスが移りました。
この辺りは分野によるお作法や好みの違いもありそうですが、「なにが文章の主題か」を意識して受動態を使うかどうかを判断すると流れのよい文章を書くことができるかもしれません。
逆に
- 主観的・認知的な動作を表すとき
は能動態をつかったほうがいいとされています。
受動態だと動作の主体が見えないからです。
- The assumption is that → We assume that
- A was defined as B → We defined A as B
- A is hypothesized to do B → We hypothesize that A does B.
のようにassume, define, hypothesizeのような主観的な意思決定が伴う動作は、その主体(actor)を明らかにすることで批判的吟味の対象となれるようにしておくことが良いとされています。
英文をさらに簡潔にするために考えるべきこと
- 読みやすい文章を書くためにはトピックポジションとストレスポジションを意識して文章内で情報が登場する順番を考える
- 不必要な名詞化と受動態を避けることで文章が簡潔で分かりやすくなる
ということをここまでご紹介しました。
これだけでも充分なのですが、時には「語数制限を満たすためにあと500ワード削らないといけない」という状況もあると思います。
そんなときは次のようなことを試してみてください。
- 文を繋げてみる
- 意味のない単語・表現を削る
- 否定表現よりも肯定表現
文を繋げてみる
文をつなげるメリットには
- 関連するアイデアの繋がりを強める
- 文のフローを向上させる、リズムを作る
- 繰り返しの表現を避ける
などがあります。
繋げ方には、
- Because, although, while, when... などの接続詞を使う
- ---, which is XXXと関係代名詞を使う
- セミコロンなどのpunctuationを使う
など色々あります。
punctuationについては以前こちらのツイートでまとめました。
英文を区切るコンマ、セミコロン、コロン、ハイフンvsダッシュの使い分け。自分が高校までで学んだ英文法の基本的なもの以外にライティングに使えそうな知識を整理。
— KRSK (@koro485) April 7, 2021
1. コンマ(",")
・補足情報の追加(例:A, which is B, is C)
・引用の前(例:The person said, "A is B")
これらの文をつなげる方法の使い分けですが、基本的には「繋げられる文章が同程度重要なのか、どちらか一方が特に強調されているのか」で判断するとよさそうです。
- A is good for health. Thus, we should do A.
という二文をつなげるとしましょう。
- Because A is good for health, we should do it.
- A is good for health; thus, we should do it.
一つ目の文のフォーカスはあくまでwe should do itの部分にあります。
そのargumentをサポートする内容としてBecause A is good for healthがあるわけですね。
ところが二つめの文は二つの文章に平等にウェイトがかかっています。
どちらが良いかは文脈次第だと思いますが、同じ文章を繋げてもそのやり方で印象が少し違うことがわかると思います。
意味のない単語・表現を削る
意味のない・無駄な表現が使われている場合は思い切って削除しましょう。
例えば、
- despite the fact that --- → although ---
- in a situation where --- → when ---
- due to the fact that --- → because ---
と簡単な表現に変えられる場合など。
また、several, various, certainといった曖昧な表現はなくても困らないことが多いです。
「その文章で言いたいこと」を伝えるために本当に必要な表現はないかを考えながら推敲をしていきます。
否定表現よりも肯定表現
自分もよくやりがちなのですが、否定表現を使うと語数が増えるだけでなく文章のキレが悪くなってしまいます。
- It is not often recognized that A and B are not the same concepts.
- It is rarely recognized that A and B are different concepts.
not---を対応する(反対の意味を持つ)単語と置き換えることで文章が簡潔でシャープになりますね。
他にも
- not many → few
- not allow → prevent
など色々なパターンがあると思います。
not --- を発見したら、別の表現ができないかを考えるとよさそうです。
自己流の実践法
ここまで、簡潔で分かりやすい英文を書くためにチェックすべき様々なポイントを紹介しました。
正直考えるべきことが多いので一度に全部をあてはめようとしても無理ですし、うまくいきません。
この英作文のコースに参加してからしばらく自分なりに試行錯誤してみました。
あくまで個人的な感覚ですが、以下の順番で英文推敲をすると今のところうまくいくことが多い気がします。
- トピック→ストレスの役割を意識して、前後の文脈に合わせて文内で情報を配置する。
- 主語と動詞を近づける・主語が長すぎないかチェックする
- 1-2の過程で名詞化された動詞が出現したら、使わなくてよい方法がないか考える(analysis of →analyzingなど動名詞化するだけでも結構よくなる)
- 否定表現(not---)を肯定に変えていく
- 言いたいメッセージを頭の中で整理して、その目的に不要な表現をカット
- 繋げられる文章があれば、つなげてさらにフロー向上&語数カット
繰り返しになりますが、これらの書き換えは絶対にしないといけないものでもありません。
文脈次第では否定表現・名詞化表現のほうが適した場合もあるでしょう。
各ステップ書き直しが効果的だと感じるところだけ直す、くらいの肩の力が抜けた感覚のほうがうまくいくと思います。
また実際にはこの後も何度も読み直し&書き直しの作業が発生するのだと思います。
ただ何回か試してみた感覚だと、無心で書いた30点のドラフトを今回紹介したような視点から洗練させるだけで85点くらいになりますので、最初から完璧な文章を目指すより圧倒的に早く書けると思います。
そして100点満点の文章を目指して100点になることは稀なので、であれば最初から85点を目指して効率よく書いた方が良いのかなと最近は考えています。
文章の書き方は分野によって違いますし、人それぞれ考えがあると思いますが参考になれば幸いです。